2009年9月9日水曜日

吉 幾三 を調べる

本名は鎌田 善人(かまだ よしひと)。血液型はB型。
9人兄弟の末っ子で身長178cm、体重70kgである。

数少ない演歌系シンガーソングライターとして、ほとんどの曲を自ら作詞・作曲している。青森県の津軽出身ということから津軽を題材とした曲が多い

酒豪としても有名で、『志村けんのバカ殿様』に出演する時には志村けんと共に飲むのが恒例であり、バカ殿を困らせる数少ない人物
1992年に『日高晤郎のスーパーサンデー』(札幌テレビ放送)に出演した際、生放送中に泥酔したカメラの前で陰部を露出しそれが放送されてしまうなど、酒絡みのトラブルも起こしている。

相当な下ネタ好き。自作曲「と・も・子…」の語りに「とも子のはいてたパンティ、いっつもほおずりしてるの。たまにかぶって歩いたりしてるの」とあったり、
たけしのここだけの話に登場した時「今日は美江さんに逢えると思って、昨日からオナニーしまくりました」と言ったり、
『志村けんのバカ殿様』では怪しい祈祷師役で放送禁止用語を連発していた。
また、『独占!おとなの時間』では、当時人気のあったノーパン喫茶を紹介するコーナーのレポーターとして出演していた事もある。

恩人で盟友と言える千昌夫に影響されバブル経済期に莫大な投資を行い、バブル崩壊で大損害を被った

2007年11月26日に催されたデビュー35周年記念パーティーの席で、3年前からC型肝炎を患っていたことを告白。現在は完治したとのことである。

2008年には『俺ら東京さ行くだ』などの楽曲が動画投稿サイトで様々な曲とミックスされたものが投稿され、これらがきっかけで、ニコニコ動画などではIKZOブームが巻き起こった。本人はこのブームを好意的に受け止めており、これらの制作者と吉幾三本人の協力でレコーディングされた完全新曲を収録したマキシシングルが発売されるまでに至った。

『俺(お)ら東京さ行ぐだ』1984年(昭和59年)
大ヒット曲。当時のオリコンでは演歌チャートではなく「フォーク、ニューミュージック」チャートでランクインしていた。主人公が故郷の田舎を出て、東京へ出ようとする歌詞である。
ラップ音楽の特徴であるプロテストソングを(自虐的ではあるが)盛り込んだところに特徴がある。
この歌の歌詞が吉の出身地の言葉である津軽弁であると勘違いされることも多いが、全く津軽弁になっていない。その題を題材に映画が公開され、吉本人が出演した。
「電話もガスも電気もない」という内容の歌詞があり、発売当初は出身地である金木町から「うちはそんなに田舎じゃない」と猛抗議を受けたと後日談で語っている。
また、発売した当時日本中の小さな農村から「ふざけるな!!」「オラたちの村をバカにしてるのか!?」と凄い数のクレームが押し寄せてきたとも語っている。しかし吉いわく、幼少期は本当になかったのだとのこと。
また歌詞には「レーザーディスクは何者だ!?」ともあるが、後日パイオニアから吉にレーザーディスクがプレゼントされたという逸話もある。

TBSの『ザ・ベストテン』内に「今週のスポットライト」コーナーで登場した際、吉が歌詞を忘れて最初から歌い直したことでも有名。

作品発表から24年が経過した2008年には、この楽曲がきっかけで、インターネット上において「IKZOブーム」が巻き起こった。

IKZOブーム
ニコニコ動画内ではIKZO (IKUZO) の愛称が自然と定着し、これはのちに公式の愛称となった。
吉はこのブームについて「温故知新。私の曲に限らず昔の曲が注目されるのは音楽業界にとって喜ばしいことだ」「ジャンルは違うが音楽の基本は底辺で共通する部分が沢山ある。私の昔の楽曲との間にたまたま同調する部分が有ったのではないか」とコメントし、好意的に受け止める姿勢を見せた[3]。

同年10月には、「上京した主人公が、親に忠告された言葉を思いだす」という設定で書かれた吉自身の作詞作曲によるアンサーソング「NDA!」(んだ!)が発売された。さらに11月には、ブームのきっかけとなったマッシュアップの作者と吉自身による完全新規レコーディング曲を収録したマキシシングル「IKZO CHANNEL 441.93」(『441.93』は『よしいくぞう』の語呂合わせで、実在のチャンネルではない)も発売され、吉本人もIKZO名義でキャンペーン活動に積極的に参加した。

 

参考文献

吉幾三. (2009, 9月 6). Wikipedia, . Retrieved 14:38, 9月 8, 2009 from http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%90%89%E5%B9%BE%E4%B8%89&oldid=27815049.

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